給与明細の「控除」とは何か
What Are Payslip Deductions?給与明細を受け取るたびに「総支給額と手取りの差が大きい」と感じる人は多いはずです。その差の正体は、法律で強制的に差し引かれる『法定控除』です。
法定控除には大きく分けて「税金」と「社会保険料」の2種類があります。税金は所得税と住民税、社会保険料は健康保険・厚生年金・雇用保険・介護保険(40歳以上)の計6項目です。これらは会社が代わりに支払う『天引き』の形をとっており、従業員が自分で振り込む必要はありません。
給与明細には法定控除のほかに『財形貯蓄』『社員食堂費』『組合費』などの法定外控除が載る場合があります。法定外控除は、会社と労働者側の労使協定があって初めて差し引ける任意のものです。本稿では法律で決まっている法定控除6項目に絞って解説します。
総支給額から法定控除6項目を引いた残りが『手取り(差引支給額)』です。年収600万円の人が実際に受け取る手取りは、おおよそ450〜470万円前後になります。
所得税 — 毎月は概算、年末に精算する国税
Income Tax — Monthly Estimate, Year-End True-Up所得税は国に納める税金です。会社員の場合、毎月の給与から『とりあえず』差し引かれ、12月の年末調整で正確な額に調整されます。
毎月の源泉所得税は、課税対象額(総支給額から社会保険料を引いた金額)を国税庁の『源泉徴収税額表』にあてはめて計算します。税率は5〜45%の8段階の超過累進課税です。年収が上がると、上の段の税率が上乗せされていくイメージです。
| 課税所得 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超〜330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超〜695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超〜900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超〜1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超〜4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
2025年の税制改正により、2026年1月分給与から**基礎控除が48万円→58万円**に、**給与所得控除の最低保障額が55万円→65万円**に引き上げられました。これにより所得税がかかり始める年収の壁が従来の103万円から178万円に引き上げられています。源泉徴収税額表も全面改訂されており、毎月の天引き額が昨年より少なくなっているケースが多いです。
なお、所得税には「復興特別所得税」が2.1%上乗せされます(2013〜2037年)。給与明細上は合算されて記載されるのが一般的なため意識しにくいですが、正確には所得税額×102.1%が徴収されています。
住民税 — 去年の所得が今年6月に来る地方税
Resident Tax — Last Year's Income, This June住民税は、都道府県と市区町村に納める地方税です。所得税と違い、毎年6月から翌年5月の12か月で分割して給与から天引きされます。
住民税の特徴は『前年所得課税』です。2026年6月〜2027年5月に引かれる住民税は、2025年(1〜12月)の所得をもとに計算されます。転職・昇給・副業を始めた年は翌年6月に税額が変わる、という時間差があります。新卒1年目の6月〜翌5月は住民税がゼロ(前年所得がないため)、2年目の6月から急に天引きが始まります。
| 区分 | 都道府県民税 | 市区町村民税 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 所得割(税率) | 4% | 6% | 10% |
| 均等割(固定額) | 1,500円 | 3,500円 | 5,000円 |
均等割は2024年度から森林環境税(国税・年1,000円)が加わり、実質的な均等割負担は年5,000円に増えています。所得割は課税所得(前年の所得から各種控除を引いた額)に対して一律10%が課税されます。
住民税は「後払い」の感覚で理解すると把握しやすい。今月天引きされているのは昨年稼いだ分、という意識を持つと、収入変動時の手取り変化が予測しやすくなります。
健康保険料 — 2026年度から全国平均9.9%に引き下げ
Health Insurance — National Average Cut to 9.9% in FY2026健康保険は病気・ケガ・出産・死亡などのリスクに備える公的保険です。会社員が加入するのは主に「協会けんぽ」または「組合健保」の2種類です。
協会けんぽの保険料率は2026年3月分(4月納付分)から改定されました。全国平均は9.9%(前年度比0.1%引き下げ)と、34年ぶりの引き下げです。ただし都道府県によって異なり、東京9.85%・大阪10.13%・愛知9.37%など幅があります。保険料は労使折半のため、従業員の負担は料率の半分です。
| 都道府県 | 保険料率(全体) | 従業員負担(折半) |
|---|---|---|
| 東京 | 9.85% | 4.925% |
| 神奈川 | 9.98% | 4.990% |
| 大阪 | 10.13% | 5.065% |
| 愛知 | 9.37% | 4.685% |
| 全国平均 | 9.90% | 4.950% |
2026年4月から健康保険料に「子ども・子育て支援金」が上乗せされています。年収600万円で月575円、800万円で月767円、1,000万円で月959円が目安です(0.23%相当)。給与明細上は健康保険料に含まれて記載されるケースと別記されるケースがあります。
標準報酬月額(等級制)をもとに計算されるため、実際の月給と若干ズレる場合があります。4〜6月の残業が多いと9月以降の社会保険料が上がる(定時決定の仕組み)ため、注意が必要です。
厚生年金保険料 — 老後の自分への強制貯蓄
Employees' Pension — Forced Saving for Your Future Self厚生年金は会社員・公務員が加入する公的年金で、将来の老齢年金・障害年金・遺族年金の財源となります。保険料率は全国一律18.3%で、労使折半です。
厚生年金の保険料率18.3%のうち、従業員が負担するのは半分の**9.15%**です。月給30万円(標準報酬月額300,000円)の場合、厚生年金保険料は月27,450円が給与から引かれます。この料率は2017年9月以降変わっておらず、当面据え置きの見通しです。
標準報酬月額には上限があり、2026年時点では**65万円**が最高等級です。月給が65万円を超えても厚生年金保険料の計算上は65万円として扱われるため、保険料は頭打ちになります(65万円×9.15%=月59,475円が上限)。
厚生年金保険料は『高い』と感じやすいが、会社が同額を上乗せして払っている。自営業者の国民年金(月16,980円・2026年度)と比べると、会社員の厚生年金は受給額が大きく、事実上の隠れた報酬と言える。
- 産前産後・育児休業中は本人・会社分ともに保険料が免除される(年金の受給額は維持)
- 60歳まで働けば、老齢基礎年金(国民年金部分)に加え、給与・期間に比例した老齢厚生年金が上乗せされる
- 障害を負った場合の障害厚生年金、死亡時の遺族厚生年金も受給できる
雇用保険料 — 2026年度から0.5%に引き下げ
Employment Insurance — Down to 0.5% from FY2026雇用保険は失業給付・育児休業給付・教育訓練給付などの財源となる保険です。保険料は健康保険や厚生年金と比べてわずかですが、失業時の収入保障として重要な役割を持ちます。
| 負担者 | 料率 | 月給30万円の場合 |
|---|---|---|
| 従業員 | 0.5%(5/1,000) | 1,500円 |
| 事業主 | 0.85%(8.5/1,000) | 2,550円 |
| 合計 | 1.35%(13.5/1,000) | 4,050円 |
2026年4月から従業員の雇用保険料率が0.6%から**0.5%**に引き下げられました(0.1ポイント下げ)。月給30万円の人は月300円の負担減となります。雇用保険料は賞与からも同率で差し引かれる点に注意が必要です。
育児休業中に受け取れる『育児休業給付金』も、雇用保険の給付の一つです。支給額は育休開始前6か月の平均賃金(休業開始時賃金日額)の67%(育休開始後6か月)→50%と定められており、上限額も設けられています。毎月払っている雇用保険料は、いざというときの収入保障であることを覚えておきましょう。
介護保険料 — 40歳の誕生月から自動的に追加される
Long-Term Care Insurance — Added Automatically From Your 40th Birthday介護保険は要介護状態になったときの介護サービス費用を支援する制度です。40歳になると健康保険料に上乗せで徴収が始まります。
介護保険料率は全国一律で、2026年3月分(4月納付分)から**1.62%**(前年度1.59%から引き上げ)に改定されました。協会けんぽ加入者の場合、健康保険料に上乗せされる形で給与から引かれます。月給30万円の場合、従業員負担は月**2,430円**(30万円×1.62%÷2)です。
- 40〜64歳(第2号被保険者):健康保険料と合算して給与から天引き
- 65歳以上(第1号被保険者):年金から直接引かれる(特別徴収)か市区町村に直接納付
- 40歳の誕生月の給与明細から急に金額が増えるのは、介護保険料の追加が理由
介護保険は「自分が使うかどうか」にかかわらず支払い義務があります。ただし、40〜64歳でも特定疾病(16種類)が原因で要介護状態になれば介護サービスを受けられます。
年収別・手取りシミュレーション
Take-Home Pay by Income Level実際に総支給からどれだけ引かれるのか、年収別に概算を示します。東京都在住・独身・40歳未満・協会けんぽ加入という条件での目安です。
| 年収 | 所得税(年) | 住民税(年) | 社会保険料(年) | 手取り(年) | 手取り率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 300万円 | 約4万円 | 約12万円 | 約42万円 | 約242万円 | 約80% |
| 500万円 | 約15万円 | 約23万円 | 約69万円 | 約393万円 | 約79% |
| 700万円 | 約43万円 | 約40万円 | 約90万円 | 約527万円 | 約75% |
| 1,000万円 | 約115万円 | 約65万円 | 約110万円 | 約710万円 | 約71% |
年収が上がるほど手取り率が下がるのは、所得税の累進課税効果と、住民税・社会保険料の絶対額増加が重なるためです。一方で社会保険料は標準報酬月額に上限があるため、超高年収では逆に手取り率が改善する傾向があります。
「4〜6月は残業を抑えると手取りが増える」というのは、この時期の残業代が標準報酬月額の算定基礎に含まれ、9月から翌8月の社会保険料が増えるためです。年間で見ると数万円単位の差になることもあります。
2026年の変更点まとめ
2026 Changes at a Glance2026年は給与明細の控除額に影響する制度変更が重なった年です。手取りへのプラス・マイナス双方の変化をまとめます。
| 項目 | 変更内容 | 手取りへの影響 | 適用開始 |
|---|---|---|---|
| 基礎控除・給与所得控除の引き上げ | 合計+20万円引き上げ | プラス(所得税・住民税減) | 2026年1月〜 |
| 協会けんぽ健康保険料率引き下げ | 平均9.9%(-0.1%) | プラス(微小) | 2026年3月分〜 |
| 雇用保険料率引き下げ | 0.6%→0.5% | プラス(月〜300円) | 2026年4月〜 |
| 介護保険料率引き上げ | 1.59%→1.62% | マイナス(月〜450円) | 2026年3月分〜 |
| 子ども・子育て支援金の開始 | 0.23%相当を医療保険に上乗せ | マイナス(月575〜959円) | 2026年4月〜 |
プラス面(所得税・住民税の軽減)は累進性があり、収入が多いほど恩恵が大きい変化です。一方のマイナス面(子ども・子育て支援金・介護保険料引き上げ)は比較的フラットな負担増で、中低収入層の体感として重く映るケースもあります。手取りの実感は年収帯によって異なるため、自分の給与明細を照らし合わせて確認することを推奨します。
- 給与明細は毎月必ず確認する習慣を。天引き額の変化に早めに気づくことが家計管理の第一歩
- 社会保険料の料率改定は毎年3〜4月に集中する。年度初めに変化を把握しておくと予算管理がしやすい
- 住民税は前年所得反映のため、転職・昇給の年は来年6月以降の手取りを計算し直す必要がある