5.26%——3年連続「最高水準」の賃上げが示すもの
春闘賃上げ率の推移(定期昇給込み・連合集計)
2026年3月27日に公表された連合の春闘第1回集計では、賃上げ率(定期昇給込み)が5.26%。3年連続で5%超という「歴史的な高水準」が続いている。
注目すべきは中小企業の動きだ。300人未満の中小企業でも5.05%と、大企業を初めて超える水準に達した(連合第1回回答集計)。連合会長は「官民挙げた賃上げの機運が中小にも届いた」と評価した。
2026年4月3日時点の第2回集計でも平均5.09%を維持。過去の春闘推移と比較すると: | 年度 | 賃上げ率 | |------|----------| | 2021年 | 1.85% | | 2022年 | 2.20% | | 2023年 | 3.58% | | 2024年 | 5.10% | | 2025年 | 5.17% | | 2026年 | 5.26% |
しかし、「5%超の賃上げ」が「5%豊かになった」を意味するかどうかは別問題だ。
「実質賃金」という壁——名目5%増でも手取りは増えていない
「名目5%賃上げ」と「実質購買力」の乖離
さらに:社会保険料引き上げ(介護・健康保険料の段階的増加)を考慮すると、手取りベースでは実質マイナスの世帯も存在。
賃上げの効果を正確に測る指標は「実質賃金」だ。名目賃金(額面の給与)の上昇率から消費者物価の上昇率を差し引いた「実際の購買力の変化」を示す。
問題は「5%賃上げ」vs「物価上昇」の綱引きだ。
2025年度の消費者物価上昇率(食料品を含む全体)は約3.2%。名目賃上げ5%から物価3.2%を差し引いた実質賃上げ効果は約1.8%。「5%上がった」という印象より大幅に圧縮される。
さらに社会保険料の引き上げ(介護保険・健康保険料の段階的増加)を考慮すると、「手取り」ベースでは実質マイナスという世帯も存在する。光熱費・食料品・住宅費の「必需品3費目」が軒並み値上がりし、余裕がなくなった消費者心理を数字が反映できていない。
「中小5%」という数字のマジック——組合加盟企業のみのデータ
「中小5%超」という数字の注釈——組合加盟企業のみのデータ
より現実を反映した指標は厚労省「毎月勤労統計」。実質賃金は2023年から断続的マイナスが続き、2026年前半にようやくプラス転換の見通し。
「中小企業でも5%超」という数字には重大な注釈がある。春闘集計に含まれる中小企業は「労働組合が加盟している企業」のみだ。
日本における労働組合の組織率は16.3%(2025年厚生労働省調査)。つまり労働者の約84%は組合非加盟であり、春闘の集計には現れない。特に中小企業・零細企業・非正規労働者の多くは組合がなく、「5%の恩恵」を受けられているかどうかが不明だ。
より現実を反映した指標は厚生労働省の「毎月勤労統計」(全事業所対象)だが、これによれば実質賃金は2023年から断続的なマイナスが続いており、2026年前半にようやくプラス転換する見通しだ。「春闘5%」と「実態の賃金」の乖離は、政治的文脈での「成果発表」バイアスを差し引いて読む必要がある。
価格転嫁できない中小企業——「防衛的賃上げ」の末路
価格転嫁の格差——転嫁できない中小が「防衛的賃上げ」へ(経産省調査)
2026年の春闘で最も構造的に重要な問題は「価格転嫁の格差」だ。経済産業省の価格交渉促進月間調査によれば: - コスト全般の転嫁率:49.7% - 労務費に限ると:44.7% - 全くコスト転嫁できていない中小企業:約2割
転嫁できない企業は賃上げコストを「内部吸収」するしかない。帝国データバンクの調査では、総人件費が増加すると見込む企業は73.9%(調査開始2016年以降最高)。うち「経常赤字でも賃上げを行う」という「防衛的賃上げ」企業が増加している。
防衛的賃上げの動機:「人材確保のために赤字でも賃上げしないと人が辞める」というやむを得ない選択だ。しかしこれは中長期的に見て企業の体力を削り、廃業・吸収合併に向かう「延命処置」になる可能性がある。
非正規・パート労働者——春闘の「外側」にいる2,124万人の問題
非正規労働者2,124万人——春闘の「外側」にいる36.6%
副作用:最低賃金上昇→総人件費維持のためシフト削減という逆説。零細サービス業で観察されるパターン。
日本の非正規労働者数は約2,124万人(2025年労働力調査)、全就業者の約36.6%を占める。春闘の成果が直接届かないこの層への波及が、「一億総中流の復活」には不可欠だ。
非正規労働者の時給上昇の状況: - 最低賃金の引き上げ:2025年度は全国加重平均で1,055円(前年度比50円増)。2026年度も同水準以上の引き上げが見込まれる - コンビニ・小売のパート時給:1,100〜1,200円台が標準に(地域差あり) - 介護・保育職の特例賃上げ:政府補助により月3〜4万円程度の追加引き上げが実施
しかし最低賃金の引き上げは「時給が上がる」一方で、「シフトを減らされる」という副作用をもたらす場合がある。雇用主が総人件費を一定に保つために労働時間を削るというパターンは、特に零細サービス業で観察されている。
The Brief視点——「5%の賃上げ」より「格差の縮小」を評価指標に
評価指標の転換——「5%」より「誰が豊かになったか」を問う
現在の指標
春闘平均値
本来の指標
中央値と最下位層の賃金変化
現在の指標
名目賃金上昇率
本来の指標
実質購買力の変化
現在の指標
大企業組合の賃上げ率
本来の指標
非正規・零細企業の時給・月収変化
構造的課題:「強い企業から弱い企業への価格転嫁の連鎖」が中小→零細→非正規まで届く仕組みの構築が不可欠。春闘5%はその構造改革が途半ばの証拠。
「3年連続5%超の春闘」は政治的に「成功」として訴求しやすい数字だ。しかし「豊かになった実感が持てない」という国民の声は、この数字が拾えていない現実の反映だ。
評価指標の転換が必要だ: ①「春闘平均値」より「中央値と最下位層の賃金変化」を追う ②「名目賃金上昇率」より「実質購買力の変化」を政策指標にする ③「大企業組合の賃上げ率」より「非正規・零細企業の時給・月収変化」を議論の中心に
岸田内閣が「賃上げ元年」を宣言してから3年。看板的数字としての「5%」は達成されたが、「誰の賃金が何%上がり、物価・税金・社保を差し引いた後に実際に豊かになったか」の実態把握が政策論議に欠けている。
真の意味での賃上げが実現するには、「強い企業から弱い企業への価格転嫁の連鎖」が中小→零細→非正規まで届く構造改革が不可欠だ。春闘5%という数字は、その構造改革がまだ途半ばであることの裏返しでもある。