経済圏戦争とは何か — 2026年の構図
What Are the Economic Bloc Wars — The 2026 Landscape冷戦終結後のグローバリゼーションは「自由貿易が全員を豊かにする」という前提に立っていた。しかし2018年の米中貿易戦争を契機に、世界は再び経済圏ごとのブロック化へ向かっている。2026年4月現在、その構図は一段と複雑化している。
大きく分けて4つの経済圏が競合している。第一に米国を中心とする「自由主義経済圏」、第二に中国を核とする「一帯一路・RCEP圏」、第三にEUの「規制主導型経済圏」、そして第四に台頭するBRICSを軸とした「グローバルサウス連合」だ。
日本はこの構図の中で独特の立ち位置にある。安全保障では米国と同盟関係にありながら、貿易ではRCEPとCPTPPの双方に参加し、中国は最大の貿易相手国の一つだ。さらに半導体分野では国内製造の復活を国策として推進している。
2026年に入って最大の転機となったのが、2月20日の米連邦最高裁判決だ。トランプ政権がIEEPA(国際緊急経済権限法)を根拠に発動した相互関税が違憲と判断され、米国の関税政策は根本的な転換を迫られている。
トランプ関税の崩壊と再構築
The Collapse and Rebuilding of Trump's Tariff Regime2025年4月2日、トランプ大統領はIEEPAに基づく相互関税を発動し、日本には24%、中国には最大125%の追加関税を課した。しかし2025年5月の米中首脳会談で双方が10%に引き下げる「休戦」に合意し、この措置は2026年11月まで延長されている。
転機は2026年2月20日に訪れた。連邦最高裁は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件(事件番号24-1287)で、ロバーツ首席判事が執筆した6対3の多数意見により、IEEPAは大統領に関税賦課の権限を与えていないと判断した。ソトマイヤー、ケーガン、ゴーサッチ、バレット、ジャクソン各判事が同調した。
これを受けトランプ政権は直ちにIEEPA関税の徴収を停止し、代替措置として1974年通商法セクション122に基づく全輸入品への一律10%関税を発動した。しかしセクション122には法的制約がある。最大税率は15%、最長期間は150日間(2026年7月24日に失効予定)であり、「国際収支赤字」への対応という法定要件は1970年代のブレトンウッズ体制崩壊以降そもそも存在しないとの指摘がある。
24州の司法長官が国際通商裁判所(CIT)にセクション122関税の無効を求めて提訴。民間企業からも複数の訴訟が提起されている。
USTR(米国通商代表部)は中国を対象とした新たなセクション301調査を2件開始(「過剰生産能力」と「強制労働」)。2026年4〜5月に公聴会が予定されており、セクション122失効後の法的根拠構築を急いでいる。
2026年4月時点の米国の実効関税率は加重平均で10.2%。セクション122失効後は6.7%(セクション232関税のみ)に低下する見込みだ。参考までに、トランプ政権前の2024年の水準は2.4%だった。
米中デカップリングの実態
The Reality of US-China Decoupling米中間の経済切り離し(デカップリング)は「選択的」に進行している。全面的な断絶ではなく、先端技術分野に集中した「スモールヤード・ハイフェンス」戦略が継続されている。
2025年5月の休戦合意(2026年11月まで延長)により、米国の対中関税は基本10%に引き下げられたが、セクション301関税やセクション232関税を含む全レイヤーを合算すると、中国製品への実効関税率は加重平均で約33.9%、公称では47.5%に達する。中国側の米国製品への関税は平均31.9%だ。
2026年1月13日、商務省産業安全保障局(BIS)はNVIDIA H200およびAMD MI325X相当のAIチップの対中ライセンス審査方針を「原則不許可」から「ケースバイケース審査」に変更した。翌14日にはトランプ大統領が米国サプライチェーン向けでない先端AIチップに25%の関税を課す大統領令に署名した。
しかし規制緩和にもかかわらず、NVIDIAは2026年2月時点で中国向けH200販売からの売上をまだ計上できていない。中国当局による輸入許可の不透明さが原因だ。一方で、司法省はH100/H200チップ少なくとも1億6,000万ドル相当を中国に不正輸出した密輸ネットワークを摘発している。
Intelは78.6億ドルの直接補助金を確保。トランプ政権は残余の補助金をIntelへの9.9%の無議決権株式に転換する「補助金から株式へ」モデルを導入した。TSMCアリゾナには3棟のファブ(2nm、3nm、4nm)向けに大規模な支援が実施されている。
半導体戦争 — 2nmの攻防
The Semiconductor War — The Battle for 2nm経済圏戦争の最前線に位置するのが半導体製造だ。安全保障上の理由から、先端チップの生産拠点は台湾一極集中から地政学的に分散する流れが加速している。2026年4月時点で、主要ファウンドリはいずれも2nmノード前後に到達している。
世界最大のファウンドリは2nm(N2)プロセスの量産を2025〜2026年に開始。アリゾナ工場ではFab 1が4nmで稼働中、Fab 2が2027年下半期に3nm量産予定(当初の2028年から前倒し)、Fab 3は2nm向け。熊本のJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)ではFab 1が2024年末から12nm〜28nmで量産開始済み。Fab 2は当初6nm計画から3nmに格上げされ(2026年3月31日に台湾当局が承認)、月産1.5万枚、量産は2028年を予定する。
日本の次世代半導体ベンチャーは北海道千歳にパイロットラインを2025年4月に稼働させた。ASMLのHigh-NA EUV露光装置を導入し、2025年7月には2nm GAAトランジスタの初回動作に成功。2026年2月には初のプロセスデザインキット(PDK)を早期アクセス顧客に提供開始し、2026年4月からはアドバンストパッケージングの試作を開始した。量産目標は2027年。日本政府は2026〜2027年にかけて1兆円超をRapidusに投入予定。IBMのエンジニアが常駐で技術移転を進め、60社以上と顧客交渉中だ。
18A(1.8nm)プロセスが2026年1月末にアリゾナのFab 52で量産(HVM)を開始(月産約4万枚)。RibbonFET(GAA)とPowerVia(裏面電力供給)を採用。AppleとNVIDIAが2028年開始の生産について「高度な協議」を進めている。歩留まりは月約7%のペースで改善中。
2nm GAA量産を2025年第4四半期に開始。歩留まりは55〜60%。Exynos 2600は業界初の2nmアプリケーションプロセッサ(AI性能が前世代比113%向上)。ウエハー価格を2万ドルに設定しTSMCを33%下回る攻勢をかけている。テスラのAI6チップ(165億ドル契約)を受注。
日本の半導体補助金は2022年以降の累計で257億ドル(GDP比で世界最大)に達し、半導体市場規模は2026年に501.6億ドル(前年比11.9%増)と予測されている。
貿易ブロックの拡大競争 — CPTPP vs RCEP
The Race to Expand — CPTPP vs RCEP2大メガFTA(自由貿易協定)であるCPTPPとRCEPは、それぞれ加盟国の拡大を進めている。
現在12カ国が加盟。2023年にイギリスが正式加盟し、大西洋を越えた初の参加国となった。2025年11月のメルボルン第9回委員会では重要な進展があった。コスタリカとの加盟交渉が実質的に合意に近づき、ウルグアイの加盟プロセスが正式に開始された。さらにUAE、フィリピン、インドネシアが加盟基準を満たすと認定され、2026年中の加盟プロセス開始が予定されている。2025年12月にはカンボジアも加盟を申請した。ウクライナは2025年8月に申請済みだ。
中国は2021年9月に加盟を申請しているが、日本は「極めて高い基準」の充足を求めており、加盟作業部会は設立されていない。USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の「ポイズンピル条項」(第32.10条)もカナダ・メキシコの中国支持を抑制する効果がある。
15カ国が加盟(ASEAN10カ国+日中韓豪NZ)。世界人口の30%(22億人)、世界GDPの30%(29.7兆ドル)を占める。2026年の議長国はフィリピン。RCEP域内貿易額は2026年に10兆ドルを突破する見込みで、2030年には15兆ドル(2024年比150%増)が予測されている。中国のASEAN向け貿易は2025年に1兆ドルを超え、過去最高を更新した。
インドは依然としてRCEPに参加していない。ジャイシャンカル外相は「インド経済に即座のマイナス影響がある」と述べており、加盟の見通しは立っていない。
日本はCPTPPとRCEPの双方に加盟する唯一のG7メンバーであり、この重複的な立場が「経済圏戦争」における戦略的な橋渡し役として機能している。
EUの規制主導型戦略とグローバルサウスの台頭
EU's Regulation-Led Strategy & the Rise of the Global South経済圏戦争の第三極であるEUは、関税ではなく「規制」を武器に自らの経済圏を守り拡大している。そして第四極として、BRICSを軸とするグローバルサウスの存在感が急速に増している。
2023〜2025年の移行期間を経て、2026年1月1日に本格施行された。セメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素が対象で、年間50トン以上の輸入者に報告義務が生じる。2026年1月7日までに1万2,000以上の経済主体が認可申請を提出し、4,100以上が認定を受けた。EU域外からの輸入品に対して、EU排出権取引制度(ETS)に準じたCO2価格が課される仕組みだ。
2026年4月にはAppleに5億ユーロ、Metaに2億ユーロの罰金が科された。EUは米テック大手に対する規制を着実に強化しており、日本もDMAに触発された「スマートフォンソフトウェア競争促進法」を制定している。
2026年4月時点で正式メンバーは11カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、エジプト、エチオピア、インドネシア、イラン、UAE)。さらにアルジェリア、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、カザフスタン、マレーシア、ナイジェリア、タイ、トルコ、ウガンダ、ウズベキスタン、ベトナムの10カ国以上がパートナー国として参加。サウジアラビアは依然として正式加盟を保留している。全体で世界人口の約48.5%、世界GDP(PPP)の40%以上を占める。
BRICSは2025年10月31日に「BRICS Unit」のパイロットを開始した。金40%・BRICS通貨バスケット60%で裏付けられた決済手段(公的通貨ではない)だ。ブロックチェーンベースの「BRICS Bridge」も各国の金融システムを接続する多国間決済プラットフォームとして構築中で、CBDC(中央銀行デジタル通貨)による決済を想定している。
BRICS域内貿易の65%がすでに現地通貨で決済されている(2024年時点)。ただし統一通貨の実現は2030年以降が現実的だ。2026年のBRICS議長国はインドで、テーマは「レジリエンス・イノベーション・協力・持続可能性の構築」。第18回首脳会議は2026年8〜9月頃にニューデリーで開催予定。インドは戦略的自律の観点から現地通貨決済を支持する一方、対決的な脱ドル化には慎重な姿勢を維持している。
日本の立ち位置と経済安全保障戦略
Japan's Position and Economic Security Strategy日本は「経済圏戦争」のすべての主要ブロックと接点を持つ稀有な立場にある。米国とは安全保障同盟、中国とはRCEPを通じた経済的相互依存、EUとはEPAによる自由貿易、そしてCPTPPでは議長国として拡大交渉をリードしている。
2022年制定の同法がサプライチェーン強靱化、基幹インフラ保護、先端技術のR&D支援、特許非公開制度の4本柱として機能し続けている。
2022年以降の半導体補助金は累計257億ドルに達し、GDP比で世界最大の投資規模となっている。Rapidus(2nm)、TSMC熊本(3nm〜28nm)、キオクシア(NAND)を3本柱として、先端から汎用まで国内製造基盤の再構築を推進。日本の半導体市場規模は2026年に501.6億ドル(前年比11.9%増)と予測されている。
日本企業の「チャイナ・プラス・ワン」戦略は定着しつつあり、ASEAN地域での生産拡大が進む。仮に中国からの輸入の80%が6週間途絶した場合、日本の付加価値生産は約15%減少するとのリスクモデルが示されており、サプライチェーンの多様化は喫緊の課題だ。
2026年後半の焦点は3つある。第一に、米国セクション122関税が7月24日に失効した後の関税政策の行方。第二に、CPTPP新規加盟国(UAE、フィリピン、インドネシア)の交渉進展。第三に、2026年8〜9月のBRICS首脳会議で脱ドル化の議論がどこまで具体化するか。日本は「どのブロックにも完全には属さない」という戦略的曖昧さを武器に、複数の経済圏から最大限の利益を引き出す外交を続けている。