日本の国会は、衆議院(下院)と参議院(上院)の二院制で構成されています。両院はそれぞれ異なる役割と権限を持ち、法律の制定・予算の議決・条約の承認などを行います。
衆議院: 2026-02-08 第51回衆院選時点 | 参議院: 2025-07-20 第27回参院選時点
法案が国会に提出されてから法律として施行されるまでの流れです。
明治維新から現代まで、日本の議会制度は約150年の歴史を持ちます。自由民権運動による国会開設の要求から、帝国議会の誕生、戦後の新憲法下での国会の再出発まで、その歩みを時系列で辿ります。
王政復古の大号令により江戸幕府が倒れ、明治新政府が発足。五箇条の御誓文で「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」と宣言し、議会制度の理念が初めて国家方針として示された。
板垣退助・後藤象二郎らが政府に「民撰議院設立建白書」を提出し、国民の代表による議会の開設を求めた。これを契機に自由民権運動が全国に広がり、各地で政治結社や私擬憲法が生まれた。
明治天皇が「国会開設の勅諭」を発し、1890年に国会を開くことを公約。これに応じて自由党(板垣退助)、立憲改進党(大隈重信)などの政党が結成され、近代政党政治の基盤が作られた。
伊藤博文がプロイセン(ドイツ)の憲法を参考に起草した大日本帝国憲法が発布された。天皇主権のもと帝国議会(貴族院・衆議院)の設置が規定されたが、議会の権限は限定的で、天皇の統帥権や勅令による立法が認められていた。
アジア初の近代的議会として帝国議会が開会。衆議院は制限選挙(直接国税15円以上を納める25歳以上の男子)により選ばれた300名の議員で構成された。有権者は全人口の約1.1%に過ぎなかった。
納税資格を撤廃し、25歳以上のすべての男子に選挙権が付与された。有権者は約330万人から約1,240万人へと約4倍に拡大。同時に治安維持法も成立し、社会運動への弾圧が強化された。
海軍青年将校らが犬養毅首相を暗殺。以後、軍部の台頭により政党内閣は終わりを迎え、軍人や官僚を中心とする挙国一致内閣が続いた。帝国議会は形骸化し、軍部の意向が政策を左右する時代に突入した。
日本がポツダム宣言を受諾し終戦。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指導のもと民主化改革が進められた。女性参政権が認められ、1946年4月の総選挙で初めて女性が投票・立候補し、39名の女性議員が誕生した。
日本国憲法が施行され、国会は「国権の最高機関」かつ「唯一の立法機関」と位置づけられた。貴族院は廃止され参議院に替わり、主権は天皇から国民へ移った。現在の二院制がここに始まる。
自由党と日本民主党が合併し自由民主党が誕生(保守合同)。左右に分裂していた社会党も統一され、自民党と社会党の二大政党制(55年体制)が確立。以後38年間、自民党が一貫して政権を担い、高度経済成長を推進した。
自民党が分裂し、日本新党の細川護熙を首班とする非自民・非共産の連立政権が成立。55年体制が崩壊し、小選挙区比例代表並立制が導入された。以後、政党の離合集散が繰り返される流動的な政治状況が続く。
民主党が衆議院選挙で308議席を獲得し歴史的大勝。鳩山由紀夫内閣が発足し、戦後初の本格的な政権交代が実現した。しかし普天間基地問題、東日本大震災への対応などで支持を失い、2012年に自民党が政権を奪還。
第2次安倍内閣が発足。大胆な金融緩和・機動的な財政政策・成長戦略の「三本の矢」(アベノミクス)で経済再生を推進した。安倍晋三は連続在職日数2,822日を記録し憲政史上最長の首相となったが、2020年に体調不良で辞任。
2025年10月の自民党総裁選で高市早苗が史上初の女性総裁に選出され、第1次高市内閣が発足。2026年2月の第51回衆院選で自民党が316議席を獲得し歴史的大勝。現在、第221回特別国会が開会中。経済安全保障、防衛力強化、少子化対策が主要課題。