IOWNとは何か — 光で社会インフラを再構築する構想
What is IOWN?IOWN(Innovative Optical and Wireless Network:アイオン)とは、NTTが2019年に提唱した次世代通信インフラ構想である。現在の電子(エレクトロニクス)中心のネットワーク・コンピューティング基盤を、光(フォトニクス)技術で根本から置き換えることを目指す。
IOWNの名前は「Inter-Network(ネットワーク間)」ではなく「Innovative Optical and Wireless Network」の頭文字。光とワイヤレスの革新的融合が、次世代インフラの核心だ。
IOWNが掲げる2030年の目標性能は3つ。電力消費を従来比100分の1、ネットワークの伝送容量を125倍、エンドツーエンドの遅延を200分の1にすること。AI時代のデータセンターの爆発的な電力需要や、リアルタイム処理への要求増大を背景に、「電気の限界」を光で突破しようとする構想だ。
IOWN構想は3つの技術要素で構成される。ネットワーク全体を光化するAPN(All-Photonics Network)、ICTリソースを統合管理するCF(Cognitive Foundation)、そして現実世界をデジタルで再現し高度な予測を行うDTC(Digital Twin Computing)。この3要素が連携することで、通信・計算・制御のすべてが最適化された次世代インフラが実現する。
NTTは2020年にIntelおよびソニーと共にIOWN Global Forum(IOWN GF)を設立。2026年4月時点で加盟組織は180社以上に拡大し、通信事業者やクラウド事業者、半導体メーカー、研究機関が参画するグローバルな推進体制が整っている。
APN — すべてを光でつなぐオールフォトニクス・ネットワーク
APN — All-Photonics NetworkIOWN構想の中核をなすのがAPN(All-Photonics Network:オールフォトニクス・ネットワーク)だ。端末からネットワーク、データセンターに至るまで、通信経路のすべてに光技術を導入し、エンドツーエンドの光波長パスを提供する。
従来のネットワークでは光ファイバーを使っていても、ルーターやスイッチで「光→電気→光」と信号を変換(OEO変換)する。この変換が遅延と電力消費の主因だ。APNはこの変換を排除する。
現在のインターネットはパケット交換方式を採用している。データをパケットに分割し、各ルーターでパケットの宛先を確認して転送する。この過程で光信号を一旦電気信号に変換する必要があり、変換ごとにエネルギーを消費し遅延が発生する。
APNでは、通信の端から端までを光の波長パスで接続する。特定の波長を特定の通信に割り当て、途中で電気信号への変換を行わない。これにより理論上、光速に近い超低遅延通信と大幅な省電力化が実現できる。
APNの商用化は段階的に進んでいる。2023年3月にNTT東日本・西日本がAPN IOWN 1.0の提供を開始。これは主にデータセンター間を低遅延・大容量の光波長パスで接続するサービスだ。2026年2月には、APNを活用して約300km離れた工場の外観検査をAIでリアルタイムに実施する実証にも成功している。
光電融合デバイス — 電気と光の境界を溶かす技術
Photonic-Electronic Convergence DevicesAPNを実現するための鍵となるのが光電融合デバイスだ。これは電気回路と光回路を一つのデバイスに統合し、チップ内部やボード間の通信も光で行う技術である。
光電融合の本質:電気配線を光配線に置き換えるだけではない。電気と光の機能を同一チップ上に融合させ、これまで電気でしか行えなかった処理を光の特性で高速・省電力に実現する。
NTTは光電融合デバイスを4世代に分けてロードマップを策定している。第1世代のPEC-1はデータセンター間接続の光トランシーバーで、IOWN 1.0として2023年から実用化済み。第2世代のPEC-2はボード間接続に光を導入する光電融合スイッチで、2025年の大阪・関西万博でプロトタイプが実証され、消費電力を従来の8分の1に削減することに成功した。
2025年10月、NTTは「IOWN 2.0」を発表し、米国の半導体大手Broadcom、台湾のネットワーク機器メーカーAccton Technologyとの協業を公表した。NTTイノベーティブデバイスの光エンジンとBroadcomのASICをAcctonが統合した光電融合スイッチを、2026年度第4四半期に製品化する計画だ。このスイッチは総通信容量102.4Tbpsを実現し、スイッチ単体で50%の消費電力削減を達成する。
さらに第3世代のPEC-3(パッケージ間接続、2028年頃)では「光チップレット」技術を実用化し、第4世代のPEC-4(ダイ間接続、2030年頃)ではプロセッサ内部まで光配線を導入する光電融合プロセッサを目指す。この段階でIOWN構想の最終目標である電力1/100、容量125倍、遅延1/200が達成される見込みだ。
DTC — デジタルツインコンピューティング
Digital Twin ComputingIOWN構想の第3の柱であるDTC(Digital Twin Computing)は、現実世界の人・モノ・社会を高精度にデジタル空間上に再現し、それらを掛け合わせることで高度な未来予測や最適化を実現する技術だ。
従来のデジタルツインとの違い:一般的なデジタルツインは個別の機器や設備を仮想空間に複製するもの。DTCは複数のデジタルツインを相互に結合・演算し、個々のツインでは不可能な大規模シミュレーションを可能にする。
DTCが扱うデジタルツインは3つのレベルに分類される。モノのツインは機器や設備の精密なデジタル複製で、工場の生産ラインや都市インフラの状態をリアルタイムに監視・予測する。ヒトのツインは人間の思考や感性を学習したデジタル分身「Another Me」を目指すもので、NTTの大規模言語モデル「tsuzumi」を基盤として研究が進んでいる。社会のツインは都市全体の交通や経済活動をシミュレーションし、政策の影響を事前に評価する。
DTCを支えるのがIOWN構想の2番目の要素であるCF(Cognitive Foundation:コグニティブ・ファウンデーション)だ。CFはクラウド、ネットワーク、ユーザーのICTリソースを統合的に管理・最適化するプラットフォームであり、DTCが必要とする膨大な計算リソースとデータの流れを自律的に制御する。APNの超低遅延・大容量通信と組み合わせることで、地理的に分散した計算リソースをあたかも一つの巨大なコンピュータのように利用できる。
実用化ロードマップ — 2019年から2030年へ
Roadmap — From 2019 to 2030IOWN構想は2019年の発表以来、着実に実用化のステップを踏んできた。その歩みを時系列で整理する。
IOWN構想は「研究プロジェクト」ではなく「事業」として進行している。2023年の商用サービス開始から毎年、具体的な製品とサービスが市場に投入されている。
2019年、NTTがIOWN構想を公式に発表。光技術による通信インフラの根本的な変革を宣言した。2020年1月にはIntel、ソニーと共同でIOWN Global Forumを設立。以降、世界中の通信事業者、クラウド事業者、半導体メーカーが参画し、2026年4月時点で180社以上が加盟する。
2023年3月、NTT東西がAPN IOWN 1.0の商用サービスを開始。データセンター間を低遅延・広帯域の光波長パスで接続するサービスで、映像伝送や遠隔医療などの用途で導入が始まった。
2025年は大きな転機の年となった。大阪・関西万博でIOWN 2.0のプロトタイプが実証展示され、光電融合デバイスによる8分の1の省電力化を実証。10月にはBroadcom、Acctonとの協業を発表し、IOWN 2.0の商用化を2026年度に設定した。
2026年には光電融合スイッチの製品化が予定され、IOWN GFとOCP(Open Compute Project)の協力によるAIインフラ向け標準化も進行中だ。OFC 2026ではマルチベンダー環境でのOpen APNの相互運用デモが実施された。
2028年にはPEC-3による光チップレットの実用化、2030年にはPEC-4による光電融合プロセッサの実現を目指し、IOWN構想の最終目標達成を計画している。
NTTの戦略と業界への影響 — 通信会社からデバイスメーカーへ
NTT's Strategy — From Telecom to Device Maker| 項目 | 従来 | IOWN | 備考 |
|---|---|---|---|
| 電力消費 | 1(基準) | 1/100 | 光電融合による大幅削減 |
| 伝送容量 | 1(基準) | 125倍 | 光波長多重の活用 |
| エンドツーエンド遅延 | 1(基準) | 1/200 | OEO変換の排除 |
| 信号変換 | 光→電気→光(複数回) | 光のみ(End-to-End) | APN技術 |
| ネットワーク制御 | 固定的・手動設定 | AI自律最適化 | CF技術 |
IOWNの推進において注目すべきは、NTTの事業戦略の大転換だ。NTTは従来の通信サービス提供者という枠を超え、光電融合デバイスを製造・販売する「デバイスメーカー」としてのポジションを明確に打ち出している。
NTTの変革:通信回線の「土管」を提供するだけでなく、その回線を支えるデバイスそのものを設計・製造し、世界に売る——IOWN構想はNTTのビジネスモデルそのものの変革でもある。
NTTは2022年にNTTイノベーティブデバイス(旧NTTエレクトロニクス)を設立し、光電融合デバイスの開発・製造・販売を集約した。このデバイスをBroadcomのような半導体大手のASICと組み合わせ、世界中のデータセンターやクラウド事業者に供給するエコシステムの構築を進めている。
AI時代の到来がIOWNの追い風となっている。生成AIの学習・推論には膨大な計算リソースと電力が必要であり、2026年時点でAIデータセンターの電力消費は年間200TWh超に達すると推計される。光電融合技術による省電力化は、AIインフラの持続可能性を支える「グリーンICT」の切り札として注目されている。NTTの島田明社長は2026年3月のMWC Barcelona 2026において、フォトニクスがAI時代の持続可能な電力消費の基盤になると講演した。
2026年2月にはIOWN GFとOCP(Open Compute Project)が「AI Computing Continuum」と呼ばれる協力枠組みを発表。集中型データセンターからエッジまでのシームレスな計算インフラをオープンアーキテクチャで実現することを目指している。光通信アーキテクチャをIOWN GFが、オープンハードウェア仕様をOCPがそれぞれ策定する分担体制だ。
東京大学、NTT、NECは2026年2月に、6G/IOWNプラットフォーム上で3つの新技術を統合し、AIエージェントが安全・安心を支援するリアルタイムAR(拡張現実)のデモンストレーションを実施した。IOWNの技術が6Gの実現にも不可欠な要素として位置づけられている。
国際標準化とこれからの課題
Global Standardization and Challenges AheadIOWN構想の成否を左右するのが国際標準化の行方だ。NTT単独の技術ではなく、グローバルに採用されるオープン標準として普及できるかが問われている。
標準化の意義:どんなに優れた技術も、業界標準にならなければ普及しない。VHS vs ベータマックスの教訓は通信業界でも変わらない。IOWN GFの180社超の結集は、この課題への回答だ。
IOWN GFではOpen APN仕様の策定を進めている。2026年3月のOFC 2026では、マルチドメイン・マルチベンダー環境でのOpen APNの相互運用デモが実施され、異なるベンダーの機器が光ピアリングを介してシームレスに連携できることが実証された。これはAPNが特定ベンダーのロックインを避け、オープンなエコシステムとして成長する上での重要なマイルストーンだ。
2026年4月14〜17日にはシドニーでIOWN GF Annual Member Meeting 2026が開催予定で、技術ワーキンググループの成果発表やOpen APNの次期仕様について議論が行われる。
一方で課題もある。まずコスト。光電融合デバイスの製造コストは現時点では電子デバイスより高く、量産効果による低価格化が不可欠だ。次に既存インフラとの共存。世界中に張り巡らされた既存の電気ベースのネットワークを一夜にして光に置き換えることは不可能で、長期的な移行戦略が求められる。
さらにグローバル競争も激化している。光電融合技術はNTTだけでなく、Intel、Broadcom、TSMC、Ayar Labsなど海外の半導体大手も研究開発を加速している。東洋経済オンラインの報道(2026年3月)によれば、IOWN構想の発表から6年が経過し、「光電融合の開発競争」の幕が世界で上がったとされる。NTTが技術的なリードを維持し、デバイスメーカーとしての存在感を確立できるかが今後の焦点となる。
IOWNが実現すれば、AI・医療・製造・防災・エンターテインメントなど、あらゆる産業に恩恵をもたらす。光が情報通信の基盤を根本から変える——その壮大な挑戦は、まさに今、商用化のフェーズに入っている。