「なぜ東京に人口が集中しているのか」「なぜこの地域は地震が多いのか」「なぜ熱帯の国と寒帯の国でこれほど生活が違うのか」——地理学はこうした「なぜここで?」という問いを科学的に解明する学問です。本講義では地球の自然環境を読み解く自然地理学と、人間の活動パターンを分析する人文地理学、そして現代のGIS技術までを、身近な地図や旅行の経験と結びつけながら学んでいきます。
ねらい — 「地図を読む」ことと「地理学する」ことは違います。地理学は「なぜそこにそれがあるのか」を問います。
地理学の語源はギリシャ語の「ゲオ(地球)+グラフェイン(描く)」で、文字通り地球を記述することから始まりました。近代以降は空間的なパターンとプロセスを科学的に分析する学問として発展し、「世界はなぜこのような姿をしているのか」を自然・社会・人間の相互作用から解き明かそうとしています。
地理学には2つの中心概念があります。「空間(スペース)」は座標で表せる抽象的な位置関係——「東京と大阪は約500km離れている」という記述です。一方「場所(プレイス)」は、人間にとって意味と記憶が宿る具体的な地点——「生まれた町」「初めて一人で行った旅行先」のように、数字では表せない感情的・文化的な価値を持ちます。同じ地点でも空間と場所では見え方が変わります。
地理学はまた「スケール(分析の空間的範囲)」を意識的に選びます。台風の被害は地球規模の気候システムで説明できますが、どの家が倒れたかは地形・建物の向き・築年数で説明します。同じ現象でも分析スケールを変えると見えるものが変わる——これが地理学的思考の醍醐味です。
ねらい — なぜ日本には地震が多く、砂漠がないのか——地球の形と気候の仕組みを理解すれば答えが見えてきます。
地形学は山・川・海岸・砂漠などの地形がどうやって作られたのかを研究します。日本が地震・火山大国である理由はプレートテクトニクス(地球表面を覆う巨大な岩板が動く理論)で説明できます。ユーラシア・北米・フィリピン・太平洋の4枚のプレートがぶつかる場所に日本があるため、地震・火山・山地形成が多発するのです。旅行で訪れた山の形も、プレートの歴史を映しています。
なぜ北海道と沖縄の気候はこれほど違うのか——気候は大気の流れ・海流・地形・緯度が複雑に絡み合って決まります。ケッペンの気候区分は世界の気候を「熱帯・乾燥帯・温帯・冷帯・寒帯」の5つに大別し、さらに細分化した体系です。世界地図とケッペン区分を重ねると、農業・建築・衣服など生活文化の違いが気候で説明できることに気づきます。
気候変動は地理学が最前線で取り組む課題です。海面上昇によって水没の危機にある太平洋の島国、熱波が増える南欧、干ばつが深刻化するアフリカ——これらの影響は一様ではなく、どこに・どの程度・どのタイミングで起きるかを予測・評価することが地理学の重要な役割です。
ねらい — なぜコンビニはあの場所にあるのか、なぜ企業は東京に集中するのか——人文地理学はその「なぜ」を解きます。
クリスタラーの中心地理論(1933年)は、「都市はどこにどのくらいの大きさで分布するか」を数理的に説明します。スーパーは徒歩圏にあれば十分だが、大学病院は市に1つあれば足りる——提供するサービスの希少性と移動コストによって、都市の規模と間隔が決まるという理論です。コンビニの出店戦略や商業施設の配置計画は、今もこの理論の応用です。
「なぜシリコンバレーにIT企業が集中するのか」——経済地理学はこうした産業の地理的集中(集積)を分析します。同業・関連業の企業が集まると、人材・情報・部品の調達が楽になり、さらに企業が集まるという正のフィードバックが生まれます。日本でも自動車産業の愛知・ファッションの渋谷・金融の兜町のように、産業には「場所の個性」があります。
文化地理学は、景観(ランドスケープ)に刻まれた人々の価値観や権力関係を読み解きます。城下町の道路が曲がりくねっているのは敵の侵入を防ぐ設計、神社の参道が南向きな理由、植民地時代の建物が残る旧市街——景観は過去の人間の意思決定の痕跡であり、「読む」ことができます。
ねらい — スマートフォンのマップアプリを使ったことがある人は、すでにGISを日常的に使っています。
GIS(地理情報システム)とは、地図データと属性データ(人口・降水量・店舗数など)を重ね合わせて分析・可視化するための技術体系です。1960年代にカナダで土地利用調査のために開発され、現在では防災計画・都市設計・マーケティング・選挙分析まで、「場所に関わるあらゆる意思決定」の道具になっています。Googleマップで「近くのラーメン屋」を検索するのも、その最もシンプルな応用です。
リモートセンシングは、衛星や航空機に搭載したセンサーで地表面を観測する技術です。可視光だけでなく赤外線・マイクロ波も使い、森林の減少・農作物の生育状態・都市の熱島現象・海面温度など、現地に行かずに広域の変化を継続的に監視できます。気候変動の進行を数値で示す証拠の多くは、このリモートセンシングデータに基づいています。
スマートフォンのGPSデータ・交通系ICカードの乗降記録・SNSの位置情報タグ——こうした膨大な位置情報データ(ビッグデータ)と地理情報システムの融合が、新しい地理学を生み出しています。人の流れをリアルタイムで可視化する「モビリティ研究」は、感染症対策・防災・都市設計に応用され、コロナ禍には外出自粛の効果測定にも使われました。