何が決まったのか — 改正NTT法のポイント5つ
What Was Decided — Five Key Points of the Revised NTT Law改正NTT法 — 変わった点・変わらなかった点
2025年5月21日、改正NTT法(正式名称「電気通信事業法及び日本電信電話株式会社等に関する法律の一部を改正する法律」)が参院本会議で与党の賛成多数により可決、成立した。施行は 2026年春。1985年の民営化から40年、NTT法は大きな改定を経て新しいフェーズに入った。
NTTの研究成果を公表する義務は廃止された。NTTが主張してきた「グローバル競争で開示義務はハンデ」という論点に政府が応じた形だ。
全国一律で固定電話を提供する義務は緩和され、他に提供事業者がいない地域でのみ NTTに義務を課す仕組みに変わった。携帯電話網を使う無線の固定電話も新たにユニバーサルサービスに位置づけられた。
最大の焦点だった政府のNTT株 3分の1以上保有義務 と外資規制は据え置き。防衛財源を目的としたNTT株売却論はひとまず退けられた。
電柱・管路・とう道・局舎などNTTが保有する通信設備の譲渡には 新たに総務大臣の認可 が必要となった。民間への切り売りを規制する方向だ。
最重要の付則。法施行後3年を目処 に、NTT法の「改廃を含め検討する」と明記された。つまり 2029年頃 に再び廃止論が俎上に上る。
廃止論を主導した自民党の甘利明氏は2024年10月の衆院選で落選し、廃止機運そのものが一旦失速した。改正案は「NTTの主張を一部取り入れつつ、廃止は見送る」という中間的な着地となった。
廃止反対連合 — なぜ183者がNTT法を守ったのか
The Opposition Coalition — Why 183 Organizations Stood With the NTT LawNTT法廃止への反対連合 183者の内訳(概算)
2025年1月7日、KDDI・ソフトバンク・楽天モバイル・LINEヤフー を中心とする通信事業者、ケーブルテレビ各社、地方自治体 を含む 183者 が連名で、NTT法見直しに関する意見書を総務省に提出した。この数字は規制論議としては異例の規模だ。
現行NTT法は、NTT持株・NTT東西・NTTドコモの業務範囲規制を通じて「巨大な垂直統合の再来」を防いでいる。廃止されれば、固定・モバイル・研究・卸売が一体化し、ボトルネック設備(メタルケーブル・光ファイバ・電柱)を握るNTT東西 がグループ全体の競争優位に直結する——というのが3社の一致した懸念。
地方自治体が加わった理由はシンプルだ。NTT東西の固定電話・光ブロードバンドが独占に戻れば、地方部で 料金値上げや提供終了 が起きかねない。ユニバーサルサービスの担保は法律に明記しておくべきだ、という主張。
政府のNTT株3分の1保有と外資規制は、通信インフラの外資買収リスク を回避する唯一の歯止め。加えて研究開示義務は、NTT研究所が蓄積した日本の通信研究資産を業界全体の公共財としておくための仕組み——と主張された(この論拠は今回の改正で部分的に後退した)。
「NTT法の廃止は、40年前に始まった電気通信競争政策を根本から覆す。一企業の世界戦略のために、日本全体の通信インフラの未来を差し出すわけにはいかない。」(反対連合声明 / 2024年1月)
結果として、3年後の再検討余地を残しつつも、2026年時点の日本の通信競争政策は 「現状維持プラス微調整」 に落ち着いた。これが最大の勝ち筋だった、というのが反対連合の読みだ。
NTT側の論理 — グローバルで戦える会社にしたい
NTT's Case — Let Us Compete GloballyNTTのグローバル戦略 4つの軸
一方のNTT側は、NTT法を「グローバル競争の足かせ」として繰り返し問題提起してきた。島田明社長は繰り返し、次の3点を主張している。
「IOWN構想や光電融合技術で世界と戦おうとしているのに、研究成果を逐次公表する義務を負っているのは日本のNTTだけだ。競合であるMicrosoft・Google・Amazonに、開発中の技術を無償で渡すようなものだ」——この主張は今回の改正で通った。
NTT持株の「主たる事業は持株管理」という縛りや、NTT東西の「県境越えサービス禁止」(形骸化してはいるが明文化)など、1985年民営化時の規制は クラウド・AI時代に合わない という主張。今回の改正では手付かず。
「インフラ安全保障は電気通信事業法の外資規制で担保できる。NTT法独自の外資規制と政府保有は 資金調達上の制約 を生むだけだ」——この主張は今回退けられた。
NTTは改正法成立後の2025年5月21日コメントで 「3年後の再検討に向けて引き続き議論を続ける」 と明言。IOWNの商用展開と国際M&Aを進める上で、業務範囲規制と政府保有の緩和は譲れない論点だ。
NTTが2030年代に狙うのは、光電融合技術を軸にした 「NTT版NVIDIA」 の姿。そのためには研究成果を秘匿し、国際M&Aで海外人材を迅速に取り込み、株式発行で柔軟に資金調達したい——これがNTT経営陣の本音だ。
KDDI・SB・楽天モバイルの次の一手
Next Moves for KDDI, SoftBank and Rakuten Mobile3社のポジショニング
3年後の再検討に向けて、3社はそれぞれ異なるポジショニングを取りつつある。
auじぶん銀行・au PAY・povoなど金融・決済・ブランドの総合力で 「非通信領域で稼ぐ」 路線を強化。通信単体の利益率低下をコングロマリット化で補う戦略。NTT法見直しにおいても、auカブコム・au Financial・ローソンとの連携を強調しつつ、「通信会社の本業は通信」 というNTTへの牽制を続ける。
孫正義氏率いるソフトバンクグループは、OpenAI出資・Stargate計画・Arm連携という AIエコシステム投資 を軸に据えつつ、国内ではLINEヤフー・PayPayとの統合運営を進める。NTT法論議では「国内競争の公正性」を前面に出し、IOWN対抗という意味でも 独自のAIファースト戦略 を打ち出す。
黒字化目前の楽天モバイルは、「仮想化ネットワーク(Open RAN)」と 自社Wi-Fi併用 で設備投資を抑え、プラチナバンド獲得とパートナー接続(KDDI協定等)を組み合わせて面展開を加速。3社のなかで最も規模が小さく、したがってNTT巨大化への抵抗が最も強い立場。三木谷氏は2025年5月の成立コメントでも「3年後の議論に向けて準備を続ける」と明言した。
3社が一致するのは 「NTT東西がボトルネック設備を握る限り、NTTグループ全体に業務範囲規制が必要」 という論点。2029年の再検討でも、この論点は最前線になる。
IOWNと国際M&A — NTTが2029年までに仕掛けること
IOWN and International M&A — What NTT Will Push Before 20292025 → 2029: 再検討までのタイムライン
研究開示義務の撤廃という成果を手にしたNTTは、2029年の再検討を見据えて 2つの軸 で攻めにいくと見られる。
光電融合技術を使った IOWN APN(All-Photonics Network) の商用展開を、国内外のデータセンター事業者・ハイパースケーラ向けに加速する。2025年度に低消費電力・低遅延のPoCを終え、2026年から2028年にかけて大規模商用契約の獲得を目指す段階に入っている。研究成果の非公開化は、この分野で決定的な意味を持つ。
NTT Data・NTT Ltd.を中心としたグローバル事業の統合(NTT DATAへの完全子会社化)は2023年に完了済み。次の一手として、欧米クラウド・サイバーセキュリティ企業の追加買収 と、海外における規制対応型データセンターの拡大が予想される。業務範囲規制の緩和を2029年に勝ち取れれば、この動きは一段加速する。
研究成果を開示しなくて良くなった結果、NTTは「IOWNで何が起きているか」を段階的にしか外部に見せない自由を手にした。これは業界にとって情報源の質が変わることを意味する。
一方で、電柱等設備の譲渡に国の認可 が新たに必要となった点は、NTT経営にとってはマイナス。非コア資産の売却によるROIC改善のオプションが狭まった。ここは次回改正で撤廃を目指す論点になる。
3年後に何を見るべきか — 2029年再検討の論点
What to Watch Three Years From Now — The 2029 Review2029年再検討の5論点
- 1業務範囲規制
- 2政府の3分の1保有
- 3外資規制
- 4ユニバーサルサービスの将来
- 5IOWN・量子・AIの競争政策
2029年の再検討に向けて、読者が押さえておくべき5つの論点を整理する。
NTT持株の「持株管理に限定」、NTT東西の「県境越え禁止」「業務範囲規制」が残る限り、NTTは完全な垂直統合企業にはなれない。次の改正ではここが最大の論戦ポイントになる。
防衛費の財源をどう工面するかの議論と連動する。2029年までの防衛費 対GDP比2% 目標の進捗、税制改正、社会保険料、そして景気循環——これら全てがNTT株売却論の強弱を左右する。
経済安全保障推進法との関係整理が焦点。電気通信事業法の外資規制と、NTT法独自の外資規制の二重構造をどう整理するかが論点化する。
固定電話ユーザー数は2030年代に激減する見通し。携帯網による無線固定電話への置き換えをどこまで加速するか、メタル回線廃止のスケジュールをどう描くか——この議論はNTT東西の財務構造と直結する。
NTT研究所が抱える光電融合・量子通信・大規模言語モデルの研究成果を、どう産業全体に還流させるか——研究開示義務が撤廃された現状、これは別途の競争政策として議論される必要がある。
2029年の再検討は、2025年以上に 「通信会社の境界をどこに引くか」 という根源的な問いを扱う。4年後の議論に向けて、業界の地図が少しずつ描き換えられ始めている。